春の夜の匂いはきもちい のお話。
こんばんは、rosyです。
春真っ只中。
寝ようとして電気を消したら寝れなくて、なんとなく窓を開けたら、春の夜の匂いがすごいよすぎて、ますます眠れなくなった。
春の夜の匂いにを嗅ぐと、いつもふと記憶が蘇るのが、大学時代に毎年行っていた合宿所での夜のこと。
山の中の合宿所だったから、わーーーっと飲んで、散り散りになるときに何人かでだいたい外に出て、ちょっと離れたところまで歩いて、そこでまた飲んでしゃべってみたいなことをしてたなぁーと。
好きな先輩と喋ったり、気になってる人がほかの女と消えて意気消沈したり、キュンキュンするようなことばかりの記憶が蘇る。
春の夜=キュンキュン な印象。
だから、春の夜の匂いをかぐと、なぜかすこし目眩がするような、でもたまらなく誰かを抱きしめたくなるような、なんかよくわかんないけど、ふわっとしたきもちい感じになる。
つまり、春の夜の匂いはきもちいのだ。
匂いだけど、きもちい。
(語彙力の限界だ)
新生活が始まった人もいるのかな。
新生活なんて楽しいことばかりだよ、きっと。大変なことなんて、起こってから考えたらいいもんね。
個人的に新生活らしい新生活ではないけど、今日、とある人と、近い将来の話をしていて、改めて気合が入った。
きっとなんでもできる。
やってみよう。
そんな日に春の夜の匂いをかいで、やたらとフレッシュな気持ちになりやんした。
春の夜の匂いは、きもちいよ。(何度も言う)
小さな小さな成功体験 のお話。
こんにちは、rosyです。
昨年秋、小さな小さなチャレンジをしたのだが、
先日、小さな小さな小さな成果が出た。
提案した企画がピックアップされた。
7分の1くらいの確率だけど、とってもとっても嬉しかった。
1番にはなれなかったけど、
「自分の企画って、人の目にとまるんだな」
と思えたことが、小さな小さな自信につながった。
でも今回の企画を作っていて、これまでとは違う感じがあった。
企画を考えたり、プレゼン資料を作ったりするのって結構苦手で、前職の時は提案書の納期とかプレゼン日が迫ると、毎晩夢に出てくるくらい変なプレッシャーに押しつぶされそうになっていたし、自信もなかった。
「自分が考える企画なんて面白くない」
「他の人が考える企画の方が面白いに決まってる」
みたいな。卑屈の塊だった。
でも今回は実質2日間で作成したにも関わらず、わーーーーーっと情報収集をして、ベースを考えて、ゴリゴリ提案書に落として、締切の前日には提出できていた。(いつもはだいたい締切ぎりっぎり)
情報収集をする中で提案書には乗らなかったようなアイディアも浮かんだりして、ノートに書きなぐったりしちゃって。
考えてる時間がとってもとっても楽しかった。
2日しか時間を取れなかったことについては反省せざるを得ないけど。
他の人の企画を聞いていて、そういう視点もあったか!と「悔しい」という感情が生まれたのも新たな発見。
今までははなから諦めていたから、結果に対して「悔しい」というよりも「まあそうですよね」みたいな謎の納得感を得てしまっていた。
意思をもって、向き合う態度を変えて、主体的に取り組むことの重要性。
そして、好きなことを仕事として取り組むことは、自分にとっては楽しめる重要なポイントなんだと実感できた。
そして小さな成果が出ることで、仲間を仲間として捉えられるなと感じた。
これまではただのライバルとしか捉えられていなかったけど、今はちゃんと仲間として認識できている自分がいる。
壁つくりがちな自分としては、これは大きな心境の変化。単純に嬉しい。
半年前の小さな小さなチャレンジが、小さな小さな成功体験になった。
それはそれとして、これにおごらず、また次に向けて、未来に向けて、一歩ずつ進んでいくぞ。
何かを始めること、チャレンジすることに、年齢は関係ない!(はず)
うへへ
アウトプットて のお話。
こんばんは、rosyです。
なんてことない話です。
アウトプットについて。
インプットがないとアウトプットなんてできない。
ビジネスパーソンはよく聞く言葉だと思うけど、そして当然すぎるんだけど。
私はアウトプットがかなり苦手。
というか、苦手意識がある。
意見言ったりするのとか。
だからブログ始めたってのもある。
うまく伝わるかなとか、言ってること正しいのかなとか、相手はどう思うかなとか、「んなこと知っとるわ」と思われたらどうしようとか。
色々気になる。
だからどんなにインプットしても、アウトプットは得意にならないだろうなと思ってた。
思ってたんだけどさ。
ここ半年くらい、今までにないペースで本を読み、いろんな人の話を聞き、週末も考える時間に使ったりしていて。
いろんな情報が自分の中に溜まって来て、本や人から聞いた話の中で共通点が見つかって来て、仕事に対する見方とかも変わってきて、
「よくわかんないけど、なんかそーゆーことなのかな」とか、
「そういえばこの現象はあの本に書いてあったしあの人も言ってたな」とかなんとなく理解できてる風になってきていて、
「そしたらこれはどうなんだろう」「通用するのかな、可能性はあるのかな」とか、自分の考えの答え合わせみたいなのをしたくなっている自分がいる。
自然とアウトプットしたい気分になっていることに気づいた。
「ねえねえ、きいて。これどう思う?」
「これって、こーゆーことだよね?」って。
アウトプットしようと思ってインプットすると、アウトプットが目的になってインプットがインプットにならない。理解に至らないから鬼浅はかなアウトプットになってしまう。いつでもスローペースで不器用な私の場合は。
今までインプットばかりで不安になっていたけど、自然とアウトプットしたくなることがわかって感動しているという、ただそれだけ。
まだこれっていうアイディアはないけど、絶えずインプットを続けていこう。月末には形にしたいな。
以上、
インプット・アウトプットと言いたいだけのブログでした。
では。
Nissy Entertainment 2nd Live @横浜アリーナ のお話。
こんにちは、rosyです。
今年も行ってまいりました、Nissy Entertainment !!
(画像はイメージです。拾ってきたフリー画像です。悪しからず)
今年は手を伸ばせば届いてしまいそうな距離で楽しませてもらいました。
まずやっぱり演出がすごい。本当に。
「そんなことできるの!?」という驚きと感動が相まって、終始TEAM Nissyに尊敬の念。ああ、プロってすごい。すごい本当に。(大大大拍手)
オーディエンスが「かっこいい~♡きゃーーーー」みたいになったあと、
「『かっこいい~♡』って言ってもらえなかったら、俺ここに立ててないから笑」
と言っていたNissy。
ああ、本当にそうだよね。プロなんだ。Nissy Entertainmentなんだ。と。
現実であって現実でないような。やっぱりエンタメは非現実で、それをNissyで表現していて、でも西島隆弘という人の人柄も十分すぎるほどに滲み出ていて、まじめでストイックでエンタメを愛してやまないプロフェッショナル。
もう、プロフェッショナルな3時間半。(もっと語彙力をください)
とってもまじめにアツくNissyとして、想いを語ったかと思えば、突如として31歳男性の西島隆弘が登場したり、なんだか翻弄されっぱなし。(どうみても見た目は31歳にはみえないけども。それもプロフェッショナル)
でもNissyが言っていた「いつ死ぬかわからない。今できることが先々にはできないかもしれない。だから今やる。」という言葉、本当に共感しかない。今できることは、今しかできないことにも成り得る。私も同じようなことを思ってここ1年くらい生きているから、アラウンド30はそういうことを考える時期なのかな、なんて思ったり。
かっこいい!やばい!匂いかぎたい!絶対いい匂い!きゃー♡
という、風にももちろん思うんだけど、
ああいう思考だったり、徹底してやり抜く感じとか、プロフェッショナルでいるためのメンタル的なところとか、どうしてそういう思考になって、どうしてそういう行動になって、どうしてNissyとして今こういう作品やLIVEをつくっているのかみたいな、ファンの存在をどう捉えているのかとか、エンタメをどう考えているのかとか、裏方側の顔とか思考とかの方に、とってもとーーーーっても興味がある。
エンターテイナーとしては基本見せない部分だと思うけども。
東京ドームのことに関してもきちんと説明していた。
「自信をもって応援してもらえるように」
「無理せず、お金と時間に余裕のある状態で、来てもらえたら」
みたいなことを言っていた。
ファンと演者と運営の全てに目を向けて作っていることがわかった言葉。
働いていて思うけど、何かプロジェクトを進めるときに、そうやって全体をそして末端までをも見られる人なんてそれだけで本当に本当にスーパーマンなのに、Nissyは自分が主役として出る側もつとめる。まじで尋常じゃない。すごすぎるよ、Nissy。どういうことなの??!
“トータルプロデュース西島隆弘”は、嘘偽りない表現。
Nissyそして西島隆弘という人に関して、ひとりのビジネスパーソンとして、とっても尊敬するし興味がある。たくさんの刺激をもらえるし、なぜかちょっと悔しい(誰)。
てか、LIVEの内容とか全然関係ない話ばかり笑笑
もちろん、エンターテインメントとしてめちゃくちゃ楽しませてもらったんだけど、内容に触れるのはアレなので、感じたこととか考えたこと、自分の頭の中を文字にしみてた。(需要はどこかな)
エンタメだいすき。
ありがとう、Nissy。
岡崎体育さんのファンクラブの云々 のお話。
taiiku-cawaii-japan.hatenablog.com
こんにちは、rosyです。
岡崎体育さんがファンクラブシステムに一石を投じた。
個人的には、この取り組みとってもいいと思う。
いいというか、やってみる価値があることだと思う。
私もいくつかファンクラブに入っているけど、ファンクラブに入っている目的ってLIVEチケットを取るため。そのためだけに年会費を払っている。
ファンクラブ限定サイトとか、限定にするほど有益な情報が載っているわけではないのでほとんど見ないし、LIVE以外でグッズも買わない、CDもMV以外のDVDがついていないと買わない(ついていても買わないことも多々)。
そのアーティストのことはとても好きだけど、私はLIVEに行きたいだけ。(こういう人結構多いかも)
そうなると、ファンクラブ設立時からファンクラブに入って、ファンクラブサイトをよく閲覧して、毎回CDを買って、グッズもたくさん買って、ツアー回って、、、という人と、私とでは、アーティストに使っているお金も時間も熱量も全く違う。
それでもアーティストサイドから提供されるサービスは一律。
この時点で不公平感があるなと、思う。
(実際、ファンクラブの中でも熱心なコアファン(お金をたくさん使っているファン)に対して、LIVEで良い席が充てられているのかもしれないけど、そこらへんは内部の人しかわからないから触れない)
岡崎体育さんがまさに言っているコレ。
つまり、結局ランダムで「選民」しないといけない。
だったらせめて、一生懸命働いて稼いだお金をたくさん僕に使ってくれる人に少しだけオマケしてあげたいというのが僕の考えであり、このシステムを採用した理由です。
本当に、ただそれだけのことだよなぁ、と思う。
ビジネスってお金が回るから成り立つんだし、「お金は払わない、でも熱心に(心の中で)応援しているから特別なサービスをしてほしい」というのは、やや暴力にも近い感じがする。
これまでのサービスクオリティを下げると言っているわけではないのだから、お金をこれ以上出せなくても、これまで通りそのアーティストの音楽やパフォーマンスやアーティスト自身を好きでいればいい。
新しいことはやっぱり何でも最初はグラついたりザワついたりするもの。
でもこうやって現状を抜けて開拓する人のことを、変な理屈で批判なんてしたら、せっかくの機会がもったいない!
なんてことを思ったのでした。
おわり。